ゴミ屋敷の直接的な原因として、近年注目されているのが「溜め込み症(ホーディング障害)」という精神疾患です。これはかつて強迫性障害の一症状とされていましたが、アメリカ精神医学会の診断基準「DSM-5」では独立した一つの障害として定義されました。これは、モノを捨てられないという行為が、単なる性格や習慣ではなく、治療を必要とする「病気」であるという認識が広まったことを意味します。溜め込み症の最大の特徴は、実際の価値とは無関係に、所有物を捨てること、手放すことに対して持続的な困難を感じる点にあります。この困難さは、モノを保存したいという強い欲求や、捨てることへの著しい苦痛によって引き起こされます。その結果、生活空間が大量の所有物で埋め尽くされ、本来の用途(例えば、キッチンで料理をする、寝室で寝るなど)で部屋を使用することができなくなります。溜め込み症の人は、自分の収集行動が問題であるという認識、いわゆる「病識」が乏しいことが多く、家族や周囲が片付けを促しても、激しく抵抗することが少なくありません。彼らにとって、モノは自分の一部であり、それを奪われることは自己を否定されることにも等しいのです。この障害は、うつ病や不安障害、ADHDなど他の精神疾患と併発することも多く、診断や治療は複雑を極めます。治療法としては、認知行動療法が有効とされています。自分の思考の癖や行動パターンを認識し、モノを溜め込むことのメリットとデメリットを客観的に評価する訓練などを通じて、少しずつ行動の変容を促していきます。溜め込み症は意志の弱さではありません。脳の機能不全が関わる、専門的な介入が必要な障害なのです。この正しい理解が、当事者を孤立から救い出す第一歩となります。