「部屋が汚いのは、心が乱れている証拠だ」「片付けられないなんて、だらしないにも程がある」。そんな言葉を、あなたは聞いたことがありませんか。あるいは、自分自身に対してそう言い聞かせ、自己嫌悪に陥ったことはないでしょうか。私たちの社会には、「整理整頓はできて当たり前」という根強い価値観が存在します。だからこそ、その「当たり前」ができない人々は、意志が弱い、怠けていると非難されがちです。しかし、もしその「片付けられない」という状態が、本人の性格や努力不足ではなく、脳の機能的な「障害」に起因するものだとしたら、あなたの見方は変わるでしょうか。例えば、ADHD(注意欠如・多動症)を持つ人にとって、片付けは極めて難易度の高いタスクです。どこから手をつければいいか計画を立てられず、作業を始めてもすぐに注意が逸れてしまう。これは、脳の前頭前野という、計画や実行を司る部分の働きが関係していると言われています。また、うつ病の人は、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れ、あらゆることへの意欲やエネルギーを失います。体が鉛のように重く、ゴミを捨てるという単純な行為すらできなくなるのです。これは「甘え」ではなく、脳が正常に機能していない「病気の症状」なのです。溜め込み症(ホーディング障害)に至っては、モノを捨てることに脳が強い苦痛信号を発するため、本人の意思でコントロールすることはほぼ不可能です。このように、片付けられないという現象の裏には、科学的に解明されつつある脳のメカニズムが存在します。それを知らずに「だらしない」と一言で断罪することは、足を骨折している人に「なぜ走れないんだ」と責めるのと同じくらい、理不尽で残酷なことかもしれません。ゴミ屋敷問題の本質を理解するためには、まずこの社会的な偏見を取り払い、「できない」ことの背景にある障害への正しい知識を持つことが不可欠です。